みなさん、こんにちは。
ボイストレーナー・話し方講師の
新田知代です。
私自身も経験があるのですが
レッスンや歌の相談でポロっと
出てくるのがこの質問。
せっかくボイトレで
出るようになった声が
歌で活かせない
または
ボイトレで習った声を
歌で活かせているのか
わからない
という話。
歌を歌い続けている方、
歌を習った事がある方は
このジレンマに陥った事が
あるかと思います。
かくいう私も
レッスンで部分練習をしてうまくいくけど
歌唱に戻って繋げてみたら
部分練習の成果が出ないということが
何度もあったタイプの人間です。
今回は歌で活かせているかどうか
活かすためにはどうしたらいいのか
それを「練習するだけ」という
脳筋でお伝えはしません。
なぜできないのか、
その理由を私の考えから
お伝えしていきますね。
ちなみにこのテーマは、音声でもお話ししています。
文章より“声”で聞いた方がイメージしやすい方は、こちらからどうぞ。
▶︎ 音声で聞くPodcast(リンクはのちほど)
▶︎ 音声で聞くstand.FM(リンクはのちほど)
そもそもボイストレーニングとボーカルレッスンは別物であるという認識
何度かお伝えしている通り
ボイストレーニングと
ボーカルレッスンは全くの別物です。
・ボイストレーニング
声を出すための身体の使い方を整える練習
→声帯・呼吸・共鳴・筋力バランスなど、
「声という生体反応を安定して出せる状態」
にするためのもの。
音程や表現以前の土台づくり。
・ボーカルレッスン
整えた声を、歌として成立させるための練習
その声を使って音程・リズム・フレーズ・歌詞・
感情をどう乗せるか、
音楽としてどう成立させるかを扱うもの。
この別物である練習内容は
完全に個別に練習をすることが多く
それ故に間に挟まれる
「声」の行き場がなくなっている
という事が多いように私は感じます。
「発声的に正しい」からこの声
→表現がない
「表現したいのはこれ」だからこの声
→基礎がない
という状況に陥りやすいのです。
これはなぜ起きるのか、
それぞれで考えていきましょう。
ボイストレーニングだけの練習の落とし穴
歌を歌うと動作を仕組みで分けた時に
ボイストレーニングは声の土台作りにあたるので
歌における「表現」部分は、ほぼみません。
なぜなら「土台」だけだから。
声を家づくりで例えてみましょう。
家の土台がもろければ
いくら華やかで素敵なお家でも
地震や台風が来たら壊れてしまいます。
だから家の基礎工事って大事で
時間をかけて丁寧に行われる。
日本の基礎工事の技術って
世界的にトップクラスだそうです。
災害の多い日本だからこそ
何かあった時でも立て直せるように
「家」自体の基礎を大事にする
日本の建築は歌に通ずるところがありますね。
また、基礎がしっかりしているからこそ
重量がある豪華絢爛な装飾を施しても
崩れずにいることができます。
声も同じ。
歌における基礎は「声」
声にトラブルがあったとしても
立て直せるように
表現したいものが喉にとって
負荷がかかるのであれば
負荷に耐えられるように
無理なく表現を支える声を手に入れるのが
ボイストレーニングの世界。
表現にとって欲しい声があれば
その声に向かってトレーニングも可能だけど
基本は声のどんな歌い方でも対応できる
土台を作っていく練習。
「歌でこの声を使う」想定で教わらないから
歌での活かし方で迷子になるのです。
ボーカルレッスンだけの落とし穴
逆にボーカルレッスンは表現にあたるので
その表現に合わせて欲しい声やテクニックであれば
「無理のない発声」は
必ずしも優先されないことが多いです。
同じように家で例えるなら
ボーカルレッスンは内装・外観。
基礎や土台がどれだけしっかりしていても
人が住む為に想定された内装・外観でなく
倉庫のような無骨さだったら
その家は魅力的に見えません。
実際に住んでも壁が薄くて防音性がなかったり
断熱性がなかったり家事動線が悪ければ
住みにくい上に暮らしにくいでしょう。
歴史あるお城だったとしても
質実剛健より豪華絢爛なお城の方が
人気が出ます。
歌も同じ。
音楽的な素養(音感・リズム感)、
音楽的解釈に基づく声の音色、
歌詞を表現する想いとテクニック
これらで装飾することで
音楽を声で表現するのが
ボーカルレッスンの世界。
喉を締めない聞き心地のよい声で
歌うことも可能だけど
それよりもっと表現を追求していく練習です。
ボイストレーニングで習った声を
そもそもあてにしないから迷子になるのです。
歌詞を読んで歌う感情の落とし穴
ここまで話を読んでくると
「詰んでるじゃん」となりますよね。
そう、詰んでいる上に
更にもう一つ詰む理由があります。
実はこれが高難易度の罠、詰み。
歌詞を読みこんで
歌詞を歌い上げようとする
感情の落とし穴
ボーカルレッスンの「これを表現したい」から
ボイストレーニングで正解の声を導き出しても
実際に声に乗ってくれない時は
大体こいつが邪魔をしてきます。
脳は、正直です。
今、考えて感じていることを
身体を操って表現します。
正解の声は分かってる。
部分練習ではできる。
繋げて練習した時にできない。
それは今
自分の感情で歌おうと
しているから
自分の感情=欲しい声が出る感情ではない
自分の感情の声=欲しい声が出せる声ではない
欲しい声の出し方は知っているしできるのに
自分の感情の方が出しやすいから引っ張られる
人間の脳は慣れているやり方に引っ張られる
出しやすい慣れている声の出し方に引っ張られる
単純なんです。
歌詞を「歌い上げよう」とすればするほど
欲しい声は出せなくなる
イメージも持てなくなる
だからボイトレで習った声の出し方が
分からなくなるのです。
練習とパフォーマンスは分けて考え練習することで無意識下のコントロール力をあげる
この3つの詰みを解決する方法でおすすめなのが
プラクティス(練習)と
パフォーマンス(本番)は
分けて考える・練習するということ。
自分ではできていたつもりでも
まだモノになっていないのに
本番にするような表現だけに特化した練習を
していたら声のコントロール力は
残念ながら身につきません。
ボイストレーニングの練習
ボーカルレッスンの練習
どこまで行ってもずっと練習が大事です。
本番のパフォーマンスは本番だけ。
このそれぞれの練習を積み重ねていくことで
少しずつですが
ボイストレーニングで培った声が
ボーカルレッスンで応えてくれるようになり
ボーカルレッスンで培った表現が
ボイストレーニングで応えてくれるようになる
その変化が生まれてきます。
声は突然パチっと変わることはない
段階的な変化を遂げていく中で
無意識レベルに変化が溶けていく。
声も表現もグラデーションで
別物であるようで複雑に絡んでいます。
だから継続して練習していく事が
何よりも大切になってきます。
数え切れない練習時間を重ねて
たった一回の本番に想いを乗せる
これを繰り返すことで
声も表現も無意識にコントロールが
できるようになって
その先にある歌そのものに成れる
ここで初めて
ボイストレーニングで習った声は
歌で活かせるようになれるんです。
でもこの答えが見えるようになるには
たくさんの練習と
たくさんの本番というステージを
踏んできた人にしか見えない
そんな高い壁も正直あります。
まとめ
書いているうちに仰々しくなってしまったので
最後は楽な気持ちで読んで欲しいですが笑
理屈が分かれば後は練習するだけ。
ボイトレだけ頑張っても
ボーカルレッスンだけ頑張っても
声は応えてくれない。
だからと言って本番だけやり続けても
練習の中身がなければ声は応えてくれない。
ボイトレしながら歌の表現も向き合って
たった1回の本番のために
何重時間も練習して完成度を高めて
人前で披露する
この循環を繰り返していく中で
声が応えてくれるようになっていきます。
どれか一つだけ欠けてもダメなんですよね。
全部が別物のようで繋がっている。
だからもしかすると。
ボイストレーニングで練習したことを
歌に活かせなければならない
という意識的な縛りこそが
歌の成長の妨げになるかも知れないですね。


